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道北

ステンドグラス作家  三輪 美子 さん 【東神楽町】

ガラスに思いを込めて、300年後の未来につながるメッセージ

旭川市出身。北海道東海大学芸術工学部デザイン学科(旭川市、現材は札幌市に統合)の卒業制作でステンドグラスを選択し、魅了されて作家になることを決意。東京都内の工房で経験を積み、1985年に独立。1990年に兄と合同でデザイン会社を設立後、2000年に単身で工房「GOLD.WINGS」を設立。

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きっかけ
 ステンドグラスを初めて見たのは、子どもの頃、旭川市内のカトリック教会でした。その時は、キリスト教の世界観が少し怖いと感じましたがとても印象に残っていて、大学の卒業制作ではステンドグラスを選びました。夏休みに東京都内の工房で実習し、初めてステンドグラスを制作したのですが、楽しくて大好きになりました。自分の頭の中のイメージ、目に見えない想像の世界を表現するために、ステンドグラス作家を志したのはこの時です。卒業後は、同じ東京都内の工房に就職し、その後は兄がやりはじめたデザイン会社で一緒に仕事をしていましたが、今は独立し私一人の工房で、主に個人の方からご依頼を受けて、住宅用のステンドグラスを作っています。
苦労
 ご依頼主のご希望と、自分が表現したいものを合わせて作品にするために、打ち合わせを何度も重ねます。ステンドグラスは、修復を加えつつ300年は持つと言われている芸術品ですので、強い思いを込めて表現したい。そのために技法を工夫し新たな技術も取り入れながら作っています。世の中に訴えるものや時代に対するメッセージがないと、芸術ではないと思っています。必死に考えたデザインを、ご依頼主からは「芸術的すぎる」と言われることもあります(笑)。
満足度
 私の作品を見て、「元気になった」「前向きな気持ちになれた」と言っていただけることが、何よりも嬉しいです。受け取る方の気持ちに寄り添い、私も一緒に前に進んでいけるような作品を作りたいと思っているので、ご依頼主と一緒に思いを発信していけること、そしてご依頼主が喜んでくださっていることが一番です。旭川市内の大学で講師をした時、学生にはステンドグラス制作の経験を実績として、自信につなげてデザインの世界で生きてほしいという願いを持ちつつ教えました。
これから
 日本には、伝統的な日本らしいステンドグラスがあります。私は、日本の伝統を守りながらそこに新たな技法も取り入れ、これからの300年に向けてプラスのメッセージがあるステンドグラスを、ご依頼主と一緒に作っていけたらと思っています。歴史的建造物の中には、日本古来のステンドグラスが多く使われていて、それらを保存する活動のお手伝いもし始めました。古いステンドグラスの保存や修復も、次の世代に伝承していきたいですね。
  • 三輪さんイメージ1
  • 三輪さんイメージ2

北の☆女性たちへのメッセージ

女性としてやっていくことは戦いでもありますが、自信を持って進めば大丈夫。忙しくて余裕がなく大変な方もいると思いますが、少しだけ周囲にアンテナを張って一歩前に踏み出すと、今まで想像もつかなかった世界が広がります。年齢は関係ありません!

取材年月日:
2016年7月12日